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ぼんくら on the run


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ぼんくらクロニクル

だんだん物忘れがひどくなってきているので、備忘録としてアネモネの歴史を記しておく。
その殆どを記憶を頼りに書いているので記憶そのものや記載された年月に若干の誤謬があるかも
しれない。客観的な記述を心がけたが、やむを得ず主観が混じってしまっている箇所がある。
その点はご容赦願いたい。


1987年
10月、当時千葉県船橋市にあったバー「サウサリート」のスタッフと常連客によってアネモネの
前身バンド、クライベイビーズ結成。結成時のメンバーはユキオ(Vo.G)キヨシ(B)カトー(Dr)
ほどなくユウジ(G)が加入。
12月、亀戸シーラカンスにて初ライブ。当時のアイドルは村八分とストリートスライダーズだった。
現在も演奏している「夢からさめたら」は、このクライベイビーズの最初期に作られた
オリジナル曲である。写真は初ライブ時のもの。

0203a.jpg 

1988年
ユウジ脱退(時期不詳)キヨシがギターにコンバートし、ベーシストにエンドウを迎える。
週に一度スタジオでリハをして2.3ヶ月に一度ライブを行っていた。

1989年
2.3ヶ月に一度のペースでライブ活動。
12月「習志野音楽祭」出場、準優勝。

1990年
2月、新宿ヘッドパワーでのライブを最後にクライベイビーズ活動停止。
ただしサウサリート忘年会ライブ等での活動は行っていた。この年、後にアネモネの
ギタリストとなるヒロがサウサリートでアルバイトを始め、親交が深まる。
写真は年末のライブでのセッション時のユキオとヒロ。

0203c.jpg 

1991年
ユキオ、家庭の事情(出産)その他によりサウサリート関係のイベント以外の音楽活動自粛。
この頃、ユウジ(ベーシストに転向)とヒロはバンドを組んでおり、羨望の眼差しでそれを見ていた。
この年はマイ・ブラディ・ヴァレンタインやソニック・ユースを愛聴しており、これらのバンドから
受けた影響がアネモネ結成の動機になる。

1992年
1月、ユウジが来宅しその場で新バンドの結成が決定される。バンド名は村上龍の「コインロッカー
ベイビーズ」に登場するヒロインの名を拝借し「アネモネ」とする。当初、メンバーは固定して
おらず、アネモネの初ライブ時のメンバーは初期クライベイビーズ+キーボードという編成で
ギターは元よりベース、キーボードにもディストーションがかかっており、あまりにノイジーな
ためリハーサル時にPAのスタッフと険悪な状態となる。この5人編成のアネモネはこの時のみで
終わった。

1993年
ユキオ(Vo.G)ユウジ(B)カトー(Dr)でメンバー固定。この頃のコンセプトは
「ジャックス+非常階段」で、インプロビゼーションによるノイズ・ミュージックに傾倒していた。
ライブは殆ど行わず、ひたすらリハーサルスタジオで異形の音楽作りに腐心していた。

1994年
バンドの活動を停止。自宅録音によるノイズミュージック創作に専念。

1995年~1998年
業務多忙のためバンド活動はなし。弾き語りアシッド・フォーク+ノイズのスタイルによる
宅録曲を多数制作。

1999年
夏、クライベイビーズ、最初期のメンバーによって一度きりの再結成。往時のオリジナル曲を
演奏する。

2000年
3月、アネモネ活動再開を決議。ロックは眼中になく、ひたすらブラックミュージックを
標榜するも、主にユキオの演奏能力の欠如と歌詞の言葉数の多さの問題で挫折する。
この年、インターネットを通じてPoor Sound Recoredの岩田啓明と知り合い、現在に至る
交流が始まる。

2001年
2月、Poor Sound Recoredとジョイントライブ。アネモネはゲストに友人のドラマーを加え、
カトーがパーカッションを担当するという4人編成でライブに挑んだが、PSRの演奏力に
打ちのめされファンクを完全に断念する。以降、アネモネは(広義の)スワンプ・ロックを指向し、
リゾネイターギターを導入したりしたがライブ活動はなかった。
夏、岩田を通じてCopatone(当時)のcomyと知り合う。

0203d.jpg 

2002年
春、体調不良によりユウジ脱退。バンドは幾度目かの活動休止期間に入る。

2003年~2011年
ユキオ、ドロップアウトし完全に音楽から離れる。この時期に楽器類とCDの殆どを売り払う。

2012年
秋、サウサリートマスターの還暦を祝う会にてクライベイビーズ再結成。ユウジと10年ぶりに再会。
リハなし、ぶっつけ本番で3曲演奏する。その後、SNSを通じてメンバーとの交流復活。

0203e.jpg 

2013年
6月、アネモネ、ユキオ(Vo.G)ユウジ(B)カトー(Dr)で活動再開。リハーサル始める。
当初は岩田啓明をもうひとりのフロントマンとして迎える予定だったが、当時岩田が
ソロアルバム製作中であることを知らなかったための脳天気な誘いだったことが発覚し、
このプランは頓挫。とりあえずトリオで活動を始めるがもう一人のギタリストの必要性を
痛切に感じる。
秋、SNSで東京ガロンヌと知り合い交流が始まる。

2014年
夏、ヒロがギタリストとして正式加入。この時点で今期アネモネの〈初期クライベイビーズ時代に
先祖返りしたようなルーズなロックンロール〉路線が確定する。
9月、錦糸町PAPPY'Sでライブ。
10月、東京ガロンヌのアベ君が主催するイベント「壊れかけのメロスVol.5」出演、対バンとして
出演していた中西大作と知り合う。
11月、西荻窪SAWYAR CAFEでアコースティックセットでライブ。
秋、SNSで岡山県在住のバンド、水色赤と知り合い交流が始まる。

0203f.jpg 

2015年
3月、「壊れかけのメロスVol.7」に出演。共演は岩田啓明&HOX、中西大作、東京ガロンヌ。
この日、バンド史上初のアンコールを受ける。
9月、錦糸町PAPPY'Sでライブ。
11月、「壊れかけのメロスVol.10」出演。共演はあいうえお、水色赤、東京ガロンヌ。

2016年
ユキオの体調不良のため活動滞る。
5月、錦糸町PAPPY'Sでライブ。
12月、「壊れかけのメロスVol.12」出演。共演は岩田啓明&comy、Lallyz、中西大作、
Lobster's Red。この日はヒロが不参加のためトリオでの演奏だった。

2017年
1月、錦糸町PAPPY'Sでライブ。

0203g.jpg 

2月現在、今後の予定なし。


と、まあざっくり振り返るとこんな感じだ。
今年でアネモネを結成して25年、クライベイビーズの時代も勘定に入れれば30年に
なるわけなんだけど、読んでもらえばわかるように俺が音楽と縁を切っていた(切られていた)
時期もあるし実質的な活動はトータルで15年ぐらいだろうね。間違っても「何十周年でござい」
なんて見栄を切れるようなバンドじゃないんだ。だから常々言っているようにずっと続けている
奴らは偉いと思うよ。たとえそれがどんな音楽でも、プロでもアマチュアでもね。

今期のアネモネは今年で4年目だから継続した活動としては今までで一番長いんだ。
いつまで続けられるかわからないけれどもう少し踏ん張ってみようと、いや、もう少し踏ん張らせて
くれよって祈ってるよ。空の上の誰かさんにね。

それじゃまた。









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